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02/07/2008
記事紹介:「ミュンヘンの悲劇」から50年
すごくいい記事なので、紹介。
1958年2月6日(木)15:04 GMT、38人の乗客と6人の乗務員を乗せて西ドイツのミュンヘンの空港から離陸しようとした飛行機が、悪天候のため離陸に失敗、滑走路脇の民家に激突し、炎上した。飛行機はマンチェスター・ユナイテッドのチャーター機で、マンUのプレイヤーとクラブ関係者、チームと同行していたサポーターや、英国のジャーナリストも搭乗していた。乗っていた44人のうち23人が死亡、マンUは主将を含むプレイヤー8人とスタッフ3人を失い、マンチェスター・ガーディアン、マンチェスター・イヴニング・ニューズ、デイリー・メイルなどメディアは8人の記者を失った。サポーター1人と旅行会社のスタッフ1人、飛行機の副操縦士と客室乗務員も亡くなった。
という書き出しで始まるこの記事に、僕が付け加えられることは全くありません。基本的にはメディアクリップと翻訳なのですが、構成といい、エピソードの紹介の仕方といい、完璧だと思います。ただ泣くだけです。
サポーターをやっているものとしては、特に以下の1節に打たれるものがあります(もちろん、他の部分に泣いてからのことなのですが)。
事故から13日後、FAカップ準決勝でリザーブとユースから11人をかき集めてシェフィールド・ウェンズデーと対戦したマンUは、3-0という劇的な勝利をおさめた。このときのことを、当時27歳だったノーマン・ウィリアムズさんは「ファンの気持ちがウェンズデーを圧倒した」と回想している。ウィリアムズさん自身、マンUとアーセナルの試合を見に行ったときに脚を骨折していて、ウェンズデーとの試合を見に行くのは無茶だったそうだが、「運良くチケットが手に入ったから、何としても行かなければと思って」観戦に行ったそうだ。
記事のほかの部分を読むと、アーセナルとの試合は出発する直前のアウェイゲームだったらしく、何故そこでサポが骨折したのかもちょっと興味のあるところですが、まあ、それはともかく。
あとひとつ、完全に蛇足ですが、記事中に出てくる「オールド・トラフォードに掲げられる「バズビー・ベイブズ」の肖像と彼らを讃える詩(たぶん、当時のサポーターの応援歌)」の単語の意味を並べてみました(訳ではありません、念のため)。
"Manchester,
Machester United a bunch of boucing busby babes.
(マンチェスターユナイテッドは、元気なバスビーベイブス)
They deserve to be knighted.
(奴らは叙勲に値する)
If they're plyaing your town,
(奴らが街に来る時は)
You must get to that football Ground.
(絶対にスタジアムに行き)
Take a lesson come to see football taught by Matt Busby."
(マット・バスビーが教えるフットボールから教訓を得ろ)
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