04/16/2007

サッカー映画「プライド in ブルー」

プライド in ブルーサイトへのリンクえー、映画の話です。
夏に公開予定の、「プライド in ブルー」

ちょっと毛色の変わったサッカー映画なのですが、その話は後にして、まず題材の話。知的障害者サッカーの、日本代表のドキュメンタリーなんですね。

僕はおよそボランティアとか、そういうのに向いた人ではないのですが、この映画の舞台になっている知的障害者のワールドカップ(INAS-FIDサッカー世界選手権)の日本大会を見たことがあります。それは02年の夏のことで、要するに多くの人と同様、FIFAワールドカップの余波で舞い上がっていたわけです。入場が無料だったということもあるのですがw、当時すでにパートナーが川崎に引っ越していたので、暇々に3試合くらい見ました(ちなみに、このサイトにまだ少し記録が残っています)。

でも、あれ、案外面白かったんですよ。

こういういい方をすると語弊があると思うのですが、一番面白かったのは、「そこでプレーされているものが、ちゃんとサッカーになっている」ということでした。

もちろん、各国の代表だから下手なわけはないと思っていたのですが、果たして知的障害のある人がサッカーをできるものなのだろうか、何か、電車に乗るのも苦労しそうなのに、小学生のようなわーわーサッカーになっているのではないか、という偏見に満ち溢れた考えを持っていたのですが、実際に試合を見てみて、その気持ちはいっぺんに吹っ飛びました。

特に衝撃だったのは、南柚木で見たドイツ-オランダ戦でした。何がすごいと言って、サッカーになっているどころか、ドイツ-オランダ戦になっているんです。ドイツはリベロを置いた3バックで、トップにロングボールを入れてきます。一方のオランダは4-3-3で、運動量のあるFWが前線を動き回るシステム。もちろんカバーもしてますし、オーバーラップもプレッシングもオフサイドトラップも全部ありました。もちろん、試合終了後とかハーフタイムとかに見ると、選手はちゃんとというか、あくまでも障害者なのですけど、プレーのほうは(僕のような素人が見た範囲では)、かなり普通のサッカーでした。
K_osawa1
ドイツ-オランダ。ドイツ(白)がロングボールを入れて押し上げているところ。圧縮の関係でわかりにくいですが、オランダはオレンジ色のユニです。


なんというか、障害者がサッカーをやっているというよりも、サッカー選手なんだけどたまたま知的障害がある、という感じでした。もちろん、そのわりにA代表に入っていないわけですから、レベル的には当然差があるわけですけど、言語を介さない知性のあり方というか、サッカーの力のすごさを痛感させられた出来事でした。


で、もう一回、「プライド in ブルー」の話。まだ内容とかはよく分からないわけですが、「サッカーの力」が感じられるような映画になっているような感じがします。というか、そうなるといいなと思う(←多分まだ作ってると思うので、なにげにプレッシャー)。

で、ご多分に漏れず、資金のほうに色々と問題が生じているもよう。一口3,000円で寄付(といっても、チケットが2枚ついてくるということですので、限りなく前売り購入に近いわけですが)を募集されてます。エンドロールクレジットに名前が入るというような特典もあるらしい。それくらいならできる、という方はぜひ。そして夏には見に行ってみてください(東京、大阪のほか、名古屋、札幌などで公開予定らしいです)。

07:36 PM [football, サッカーW杯, 映画・テレビ] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

01/27/2007

ロシアスゴス

「ロシア 新“罪と罰”~追跡 警察と司法の腐敗~」

ドイツの局が作ったドキュメンタリー。いや、腐敗云々もすごいが(マフィアとかが刑務所に入ることはほとんどないらしい)、もっと驚いたのは末端の農村とかに住んでいる人のケース。「ピクルス4瓶を盗んで懲役5年」「子豚を2匹盗んで4年」というような人が刑務所にごろごろいるらしい。

なんというか、これは「レ・ミゼラブル」的というか、第三世界的な状況ではあるまいか。そりゃ厳罰主義も大事なのかもしれないが(情状酌量もほとんどないらしい)、もうちょっと色々考えもいいだろうよ。起訴された人が無罪になる可能性が1%未満というのも恐怖をそそる。愚民どもには法を押し付けるしかないってことか。

毎朝、ロシアのニュースを見ながら、どうもいかがわしいと思っていたのだが、まあやっぱりという感じだなあ。

11:17 AM [映画・テレビ] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

01/07/2007

大相撲中継

藤井アナウンサーが格好良い!感じ変わってる!

05:42 PM [スポーツ, 映画・テレビ] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

06/11/2006

殺人事件の報道

たまにマジメな話(いや、サッカーが不真面目というわけではないが)。

犯罪は、社会規範の侵犯であると同時に、それに対する挑戦でもある。少なくとも、規範を遵守する人にとってはそう感じられる。社会学では、そのように理解する。そこで我々は侵犯者を報復的に罰して価値観を守ろうとし、その刑罰はしばしば犯罪によって生じた損失を超えるものになるのだが、なにも刑事罰だけが制裁ではない。

要するに、「我々は犯罪者を罰している」という実感が得られれば良いわけだ。だからこの場合、犯行経緯や犯人(だと思われている人)の醜聞や非行を暴いて非難するのというのも、立派に人々の欲求に沿った行為になる。だから、TVはその種のネタをじゃんじゃん流す。それによって彼らは視聴率をとり、我々は溜飲を下げるのだが、その辺のことに極めてまっとうな観点から異を唱えている人もいる。以下は、あるお医者さんのブログからの引用。

NHKまで殺された男児の映像を流す。これは止めて欲しい。情に訴える演出だろうが、いわゆるワイドショーだ。子供の死を報道の演出に使うのはいかがなもんか。

 死に対して鈍感なんだろう。実際の死を沢山みた自分としては正視に耐えない。人の死体がどんなものか連想するからとても気分が悪くなる。サスペンスドラマや映画での死体ならフィクションだなで済ませられる。しかし、実際に殺された子供の生前の可愛いらしい映像を見せられてはとても辛い。
Dr. Blue

規範からの逸脱者をセンセーショナルに批判するのは、(多分)有史以前から行われてきた、半ば非理性的な行為だ。僕らは、文明人として、そろそろそれを卒業しても良いのじゃないかと思う。人を悼むにも、罰するにも、もっと別なやり方があっていいはずだ。

12:55 AM [映画・テレビ] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

11/14/2005

貞操問答

えー、今日も家の片付けをしつつテレビみたりしてます。いやあ凄いすねえ、5分くらいでキャラが全部把握できるドラマってのは。ってお前今日もさぼっとんのんかい!はいやっぱりそのとおりです。

つうか、このテンポとかドラマの作りこみとかっていうのは韓流チックなんじゃないかと思うんですけど、影響とかあるのかなあ、そういえばチャングムも全部見切ったんだった。あれのことも書かないとな。

01:30 PM [映画・テレビ] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

09/01/2005

属国ですから

昼のニュースの締めで、NHKのアナウンサーがいきなり、「ハリケーン、カトリーナの直撃を受けたミシシッピ州では」といったのにはちょっとびっくりした。一応ヨソの国なんだから「アメリカの」とか言えよw

ちなみに、政府もNGOも救援に行く予定はない模様。本国政府を信頼しているのね・・・などといじけてみたり。

12:18 PM [映画・テレビ] | 固定リンク | コメント (1) | トラックバック

08/09/2005

ピーター・ジェニングス氏、死去

CNN

僕は、NHK-BSでABCのニュースを見る程度だったので、ジェニングス氏のすごさについて、本当に知っているとはいえない。それでも、彼の語り口とニュース編集のよさはわかったし、政権批判なんかもすごいなあ、と思っていた。

そういえば、日本から9.11テロ取材が行ったときの、

レ:「エジプトの大学生と話したら・・・」
ジェ:「それはカイロ大学ですか、それともカイロアメリカン大学?」

レ:「アメリカはこれで良いのですか?」
ジェ:「実は私はカナダ人なんです」

というやりとりも忘れがたい。
アメリカン・ジャーナリズムの知性と良識を代表する一人、という感じの人だったと思う。ガンだというのは知っていたのだが、復帰してこられるものだとばかり思っていた。もう二度と見られないのは寂しい。

04:38 PM [映画・テレビ] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

08/07/2005

日韓戦

えー、松木さんは居酒屋から中継しているのではないかと思います。間違いなく酩酊状態です。
今の、「今日のキーワードはこぼれ球だな!これはな!」で確信しました。

しかし、テレ朝・・・。

09:17 PM [映画・テレビ] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

08/05/2005

ヒトラー 最後の12日間

梅田のシネ・リーブルで見てきた。一言でいうと、「見たものをドイツ人にする映画」。非常に難しい。

映画を見る前、僕は「距離」について考えていた。ひとつは、ヒトラーの表と裏の顔の距離。たとえば自民党の幹部がワイドショーで私生活を紹介されると結構魅力的な人であるように、ヒトラーにも政治家としての顔とは別に、人間的魅力にあふれた私生活の顔があったに違いない、というようなことだ。そもそも、政治家は人に好かれるのが仕事なのだから、そういものがないはずはない。逆に言うと、あったからといって何かが免罪されるわけではない。

それから、もう一つは指導部と現場との距離。ナチスはやたらと人を殺したがる政権だったが、別にヒトラーが直接手を下したわけではない。だから、彼が狂気じみてみえなくても、それはむしろ当然だろう。
そういうようなことを考えて、映画で認識とを深めようかと思っていた。

でも、実際には、映画ではそういったことはあまり描かれなかった。僕の期待は裏切られた。この裏切りをどう考えるかが、この映画の評価を左右すると思う。

この映画の最大の特徴にして難点は、ドラマが、というよりもストーリーがないことである(ドラマは沢山あるような気もする)。見ていて、どこに焦点を当てていいのか、大変に戸惑う。

非常に端的に要約すると、この映画は「ベルリン陥落もの」だ。時期的には、ソ連軍のベルリン総攻撃が始まってから、降伏までの時期を描いている。
僕の知る限り、陥落ものにはいくつかのパターンがある。そこでは、ベルリンの陥落が、ファシズム支配からの解放であったり、ユダヤ人虐殺の終了であったり、ベルリン市民の悲哀であったり、良心的軍人の苦悩であったり、ナチス政権の断末魔であったりする。
だが、この映画は、そのどのパターンも取らない。

たとえば、映画の前半では、ヘルマン・フェーゲルラインとアルベルト・シュペーアの2人がよく登場する。彼らが戦争の終結とか、ベルリンからの脱出とかを口にするので、良識派の話なのかと思って見ると、2人とも真ん中ぐらいでいなくなってしまい、どうにもならない。ユダヤ人とかソ連側の事情とかは全然出てこないし、戦争に巻き込まれるベルリン市民の話も、きわめて類型的に描かれるだけ。軍人たちは徹底抗戦するかどうかで多少苦悩するが、その議論はどうも締まらない。

もちろん、そこまでの段階なら誰も驚きはしないだろう。そもそもそういう映画でないことは、事前にわかっていることだ。
「人間的なヒトラー」というふれこみがあるので、狂気のナチ要人とかがあまり出てこない(明らかにオカシイ感じがするのは、ゲッペルス夫妻ぐらい)のも、驚きではない。

僕がちょっとびっくりしたのは、これが「政権内幕もの」ですらなかったことだ。私生活みたいなものはほとんど描かれない。たとえば、語り部のトラウデル・ユンゲはヒトラーの従卒の一人(この時期までに戦死)と結婚していて、この辺の事情にはヒトラー自身も絡んでいたりするのだが、そういうことを描くシーンはない。あるいは、ゲッペルス夫妻が互いに不倫を繰り返している(あの微妙な雰囲気はそのせいだ)とか、ボルマンとゲーリングのライバル関係とか、そういうことも知らされない。

では、これは一体何かというと、要するにドキュメンタリーに近い。可能な限りリアルに、総統官邸地下壕のありさまを再現した擬似ドキュメンタリー。外部からの意味付与は、可能な限り消されている。そしてそこに、ある種の罠と深みのようなものがある、と僕は思う。

映画はヒトラー政権の最後を淡々と描く。戦争に負けるときの多くがそうであるように、それは哀れを誘う姿だ。それに、この時期までにナチスドイツの悪虐はほぼ終わっているから、憎々しげな姿にはならない。
だから、この映画を見て、「ヒトラー可哀そう」という感想を抱く人がいたとしても、僕は驚かない(僕自身、そういう感想をちょっと抱かないでもなかった)。
ついでにいうと、ヒムラーも、ボルマンも、ゲーリングも、およそ悪人には見えない(いかにも敵役然としているのはゲッペルスだけだ)。彼らはモノクロフィルムのなかにいる悪の権化ではなく、どこにでもいそうな現実の人間にみえる。それは、最近テレビでも放送された第二次世界大戦のカラー画像を見るのとよく似た衝撃を僕に与える。

この映画は僕たちを混乱させる。巨悪が倒れる瞬間を見ているはずなのに、悪そうな奴が全然出てこないのだ。明確なストーリーがなく、意味が消されているために敗者の美学のようなものすら顔を出す。最後の最後なので、兵隊とかも妙に格好よかったりする(ヒトラーユーゲントの美少女兵士という、軍事オタには堪えられないと思われるキャラクターもいるw)。しかも、一般人や戦争全般の描き方はどうしようもなく類型的で、「戦争の悲惨さ」のような解釈すら封じられる。

つまり、ここに現われるのは“何が悪いのかよくわからない”世界なのだ。悪の存在がよくわからない。ハンナ・アーレントは「悪の凡庸さ」について語ったのだが、この映画が表現しているのはそれ以上、「悪人が悪く見えない」ことを通り越して「(ほとんど)皆が善人に見える」という光景である。

ふと思ったのは、これはドイツ人が見ている(いた)景色なのではないか、ということだ。戦争後の何年か、ドイツ人は過去をこんな風に見ていたに違いない。

もちろん、戦争直後には個人的な災厄のせいで旧指導部をのろった人がいただろう。何十年も経った後は、自分が生まれる前に起こった虐殺行為について学んで嫌悪感を抱いた人もいたに違いない。けれども、戦後何年か経った後には、ドイツ人はこの映画のような世界観を持っていたのではないかと思うのだ。
みな、ごく人間的な、どちらかというと善人という人だった、というイメージを旧政権に対してもっている。でも、外の世界からは彼らを極悪人だと見ることを強要される。

それを自己弁護、詭弁だというのは簡単だ。悪を非難し、善を称賛する姿勢を持たないものは全ておかしい、と(この映画に対しても、「過去を美化するものだ」という批判がエルサレム・ポストに載ったらしい)。
でも、実際問題として、戦後世界が要求した善悪の基準をしっかりと自分のものにすることは、ドイツ人にとって難しいことだっただろうと僕は思う。彼らは、何が善で何が悪なのかよくわからないという世界に生きることになっていたのではないか(事実、ドイツでは1960年代まで戦犯の追及が極めて甘かった)。

そして、映画を見た僕たちもまた、そのような世界におかれる。リアルに、資料に忠実に、淡々と最後の日々が描かれれば描かれるほど、僕たちの中で何かが融けていく。善と悪の区別が、実感として曖昧になる。これは恐ろしいことだ。だが、同時にとても有益なことだ。

おそらく、本当に役に立つ基準を打ち立てるためには、そのような経験が必要なのだ。戦後のドイツは、血のにじむような努力を経て、それをやってきたのだろう。そして、今、映画館から出てきた僕たちも、その位置にいる。ドイツと似た過去のことを少し考えながら。

今夜、僕はドイツ人だ。明日、日本人に戻った後で、この経験がどう作用するのか。今のところは、まだ分からない。

02:02 AM [映画・テレビ] | 固定リンク | コメント (5) | トラックバック

07/13/2005

新作歌舞伎とか

日曜日に見た番組の感想を今書くのはどうかとも思うが、「情熱大陸」:蜷川、新作歌舞伎演出。

舞台を見ていないので何ともいえないのだけど、準備や稽古に熱が入っていた割りには舞台はつまんなく感じた。スーパー歌舞伎とか、勘九郎一座ニューヨーク公演とかにも通じるものがあるのだけど、歌舞伎の人はなにか根本的に間違っていると思う。

一言で言うと、「蜷川は"新作ギリシャ悲劇”をやらなかったじゃん」ということ。シェークスピアをやるときもそうで、何かをシェークスピアふうに翻案したりしたわけではない。古典を磨きなおし、舞台やら衣装やらを置き換えてもなお残っているものがあって、それは作品の力だったり時代的なコンテクストだったりするわけだけど、それとこれが高めあって面白いものになっているのだ。

新作歌舞伎にはそういうものはない。言ってみれば漫然と、歌舞伎の枠を押し広げているだけだ。「新しいものを歌舞伎の枠にはめてみれば面白いだろう」という発想。でも、僕はそういうもんじゃないと思う。世話物を見てもそう思うし、「暫」とか「河内山」とかをみてもそう思うけど、やっぱり古典(って、「河内山」は明治時代の作なんだけど)には古典なりの力というか、そこに盛り込まれているものの大きさみたいなものがあるのだ。伊達に何十年、何百年も生き抜いてきたわけではない。

その力を、どうして利用しないんだろうと思う。蜷川演出で忠臣蔵を全段やってみるくらいのことをしてくれれば、かなり面白いのに、と思うのだ。たとえ髷をやめ、衣装を変えたとしても、そこには人をうならせるだけの力と様式がちゃんと残っているはずだ。そして、そこから逆に古典に入っていく人だって出てくるだろう。ジャンルというのは、そうやって活性化するのではないのか。

もちろん、しがらみとか伝統とか、そういったものがあるのだろう。だが、それがあるから新しい試みができないというのでは情けない。その障壁は打破すべきだろう。ていうか、してほしいな。

10:02 AM [映画・テレビ] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

06/01/2005

教育とパイプライン

いつも結論が出ない香港フェニックステレビの時事弁論会。
今回のテーマは、「公立学校の教師が家庭教師をするのを禁止すべきかどうか」

びっくりするのは、話題が「兼業は本業の質を低下させないか」対「(家庭教師を必要とするような)教育需要をどうまかなうか」という点に収束すること。
日本でなら真っ先に出てきそうな(家庭教師先の生徒の成績を不当に上げようとする圧力が生じることで)「選抜が不公平になる」という主張をする人は、メールを送ってくる視聴者を含めて一人もいない。

「教育は実力をつけるもの」と理解されていて、日本や欧米のように“就職につながるパイプライン”という見方はないみたいだ。本当に実力主義なのか、単に気づいていないだけなのか、はたまた混乱期だからなのか、ちょっと興味を引かれる。

06:09 PM [映画・テレビ, 社会ネタ, 経済・政治・国際] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

04/07/2005

ロング・エンゲージメント

懸案の映画をようやく見た。上映館をまちがえたために小説を先に読むことになったのだが、おかげで舞台裏がわかる(gj>俺)。

まず驚いたのは、意外とすっきりして見えたこと。小説のほうがはるかに「アメリ」ふうでミステリアスなのだが、ジュネ監督はそれを使わない。そういう風に裏切るのかあ、と思ってみていて、ラストシーンで度肝を抜かれた。
彼は、小説のテイストを損なわずに新しい構造を導入するという、離れ業を演じていたのだ。

ベストセラーの小説をそのまま映画化するのでは詰まらないという、いかにもフランス人的な発想を働かせたのだろう。ジュネは歴史映画をつくる代わりに、ラブストーリーをつくってみせた。小説にない要素を何ひとつ使わずに(このへんが、凡百の「映画化」と違うところ)出会、ときめき、悦楽、成熟というラブストーリーの構造を組み上げる手法にはただ驚嘆。だからこそ、あそこはジュディ・フォスターでなければならないのだし、キャラクターの顔は故意に混同しやすくされているのだ(多分)。

そして、構造が完結する(というか、逃走線が収束する)ラストシーンの美しさといったら!

07:29 PM [映画・テレビ] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

02/19/2005

爺ィ、カッコよすぎ

人間ドキュメント「かあちゃんは好敵手・棋士藤沢秀行とその妻」(NHK)

番組の終盤、なぜそんなに酒ばかり、とスタッフが問いかける。

「神経がもたねぇんだ。闘うってのは大変なことなんだよ」
「囲碁で?」
「何でもだよ…。あんたらも、そうだろう?」

無数の借金と女性問題と新戦法を作り出して、ボロボロになってしまった老棋士。
「今の夢は何ですか?」と聞かれて、「もうちょっとマシになること」と答える89歳。

昨日はあんなふうに書いたのだけど、これを見ているとやっぱり最後までしがみついていたいと思う。自分の可能性を、最後まで拓いてゆきたい。

半分しかできなくても、行けるところまでは行ってみたい。今日は、そう思った。

12:02 AM [映画・テレビ] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

02/05/2005

軍隊になった

「日本国民の支持獲得のための、広報・民事等の陸自がおこなっている諸活動は、実態としてはまさに情報戦であり、まさに実施中のオペレーションであるということです。世論・民意につきましては、作戦行動の基盤となるとともに、作戦の評価そのものを左右、決定する重要な要因となり、自他共に世論・民意の獲得とその誘導が必要となります

(音声を原文のまま文字起こし。強調引用者)

ビデオにとっていた先週放送のNHKスペシャル、「陸上自衛隊:イラク派遣の一年」を見ていたら、こんな発言がでてきた。これを言ったのは「研究本部」という自衛隊の中枢機関に所属する現職の自衛官。任務としての研究会での発言である。

こういうことが言われることにも驚くが、その事実を記録したNHKの取材力にも驚く。前に、イラク派遣決定前の番組を見たときにも思ったのだが、NHKの自衛隊取材は本当にすごい。こういうことのために受信料払ってるんだよなあ。


さて、番組をみてすぐにわかるのは、自衛隊が「軍隊」になっているということ。動作を機械化する射撃訓練から任務終了後・帰国直前のPTSD対策セラピーまで、元米陸軍士官学校の心理学者、グロスマンが書いている米軍の実戦訓練そのままだ。派遣部隊の経験を現場に隈なくフィードバックする仕組も整備されていて、組織の隅々から軍隊化してきている。
見ていると、隊員の顔も変わってきているような気がする。訓練を見た陸幕長が、番組の中で「戦闘員としての本能がでている」というようなことを言っていたけど、僕もそう思った。派遣はこういう効果を持っていたのだ。

以上でも、十分に恐ろしいことだ。だが、それだけではない。

自衛隊の変化が「軍隊になる」というだけにとどまるのなら、それは問題ではないという考え方もありえる(首相も「自衛軍」というような言葉を使っていた)。僕はそれに賛成しないけれども、それは民主国家のオプションのひとつ(「普通の国」化ですな)としてありうることだ。しかし、自衛隊はそのラインを越えて進みつつあるように僕には思える。番組の問題意識もその辺にあったようだ。

イラクで自衛隊が遭遇したのは、現地の住民や行政、政治との関係を持たざるをえないという現実だった。占領軍の一翼を担っているのだから当然だともいえるのだが、そのことはしばらく置こう。より深刻なのは、彼らがそこから教訓を学んでいることだ。「情報(作)戦」の名で統括される、イラクの政治・行政・宗教組織・メディアとの接触、住民の雇用などについて、そして国内での各省庁との調整について、彼らはノウハウを蓄積しつつある。それらの要素を操作して、自分たちに有利な状態を作り出すことを考え始めている(非常に興味深いことに、自衛隊の研究本部は、現地対策に旧日本軍の中国での経験を応用しようとしているようだ)。

その延長上に出てくるのが、「日本国民を対象とした情報戦」という発想である。冒頭のような発言がでてきているのは、自衛隊は「国民に雇われてその安全を守っている」組織ではなくなりつつあることを示すのではないか(何せ「世論・民意の誘導」を考えているのだから)。

彼らは独自の目的をもち、利害を守るための政治力をも備えた独立組織になろうとしているようだ。ちょうど、昔の日本軍がそうだったように。

05:56 PM [映画・テレビ, 経済・政治・国際] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

01/31/2005

肯定的評価

今日(2005.1.31)の毎日新聞、『NHK、改革への提言』。重村一(スカパー社長)の「『民の常識』入れ自浄を」、が面白かった。

・・・NHKには、「視聴率に左右されない宣言」をしてほしい。広告収入で運営される民法は、スポンサーの意向を受け、若者中心に番組を作らざるをえない。日本独自の放送文化というものを考えた時、NHKと民放のバランスと役割分担は非常に重要だ。NHKは民放と違うものさしで評価されるべきだ。かつての「土曜ドラマ」や「ドラマ人間模様」のような深みのある番組や企業不祥事を掘り下げる特集、1クール13本という放送枠などに縛られない多様な編成がNHKにはできる。

この意見には非常に共感する。NHKは良い番組を作るのだ。僕が苛々しているのは、それが妨害されることである。

ついでだが、重村さんは、「受信料を払わない権利」を認めて、緊急情報以外にはスクランブルをかけ、受信料を払う人だけが見る方式を導入してはどうか、と提案してもいる。それってスカパーやん!と思わないでもないのだが、ハイクオリティの有料放送というのはまだ実現していないと思うので、提案としては面白いかもしれない。実現は難しいとは思うけれども。

11:41 PM [映画・テレビ, NHK番組改編問題関連] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

01/26/2005

一つの見識【番組改変問題】

毎日新聞の「記者の目」。牧太郎記者の記事。かなりいいと思う。

半日常的に「権力」から介入され、圧力を受けながら、それを上手にくぐり抜け「真実(に極めて近い事実)」を報道するのが、ジャーナリズム

12:02 AM [映画・テレビ, 経済・政治・国際, NHK番組改編問題関連] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

01/19/2005

救命病棟24時

母親が見ていたので横目でちらちらと。
第一印象は、「地震直後に被災者が高覚醒にも多幸症にもならないという稀有な震災を描いちゃったドラマ」。
正直、何のリアリティも感じないし、怒りすら覚える。

激しい揺れの後、人は著しい高揚感を経験し、その後、状況に過剰適応してしまう。これ抜きに震災体験は理解できないと思う。医科長が一喝しただけで静かにはならないし、おとなしく診察を待つこともない。口々に被害の状況を話し、無事を確かめ合い、ハイになって救助に走り回ってしまうはずだ。

「いつ、どんな時期・地域でも巨大災害の直後には、(中略)フツウではない精神状態が出現し、一定期間持続する。これは災害の結果ではなく、災害の一部である」(野口武彦、『安政江戸地震』、ちくま学芸文庫、p19)のだ。それを描かずして何のドラマなのか。

新潟地震に気を使って自粛したというような話も聞くが、それでああいう気の抜けた描写になるのなら、そもそも震災を題材にすべきではないと思う。

12:54 AM [映画・テレビ] | 固定リンク | コメント (1) | トラックバック

01/10/2005

大久保嫌い【NHK】

昼間っから、NHKは大久保デビューのニュースを全くやってない。

他局では流しているので、WOWOWから映像が貰えないというわけではなさそうだ。中村がほんのちょびっとだけリーグ戦に出たというニュースをBSで繰り返しやっていたので、サッカーを軽視しているというわけでもない。

要するに、NHKは大久保が嫌いってことですな。ま、そういうことなら俺も負けないけど。

07:34 PM [映画・テレビ] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

01/02/2005

日テレ式箱根駅伝紹介

さあ、一年で一度だけ日テレ式が気にならない箱根駅伝が、今年もやってまいりました。
今年はいつもより一時間ほど早くテレビをつけましたので、平塚中継所の前からの観戦になります。
みえてきましたのは、船越アナウンサーの顔出しコメントです。この船越アナウンサー、案外四角い顔をしておりまして、我々をびっくりさせます。

え、さて、毎年思うことですが、日本テレビ中継陣は、この箱根駅伝という競技の性格を実に良く理解しております。レースはいつも盛り上がるわけではありませんから、エピソードを並べて空間を言葉で埋め、それでも余るところはビデオでフォローします。しかもレースの勘所はきちんとおさえておりまして、中継所前やデッヒートを見逃すこともありません。

願わくば、サッカーのことなどは忘れて、駅伝と巨人軍に集中してほしい、日本テレビです。

11:36 AM [映画・テレビ] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

ウィーン・フィル

今年のニューイヤーはとても楽しかった(ラデツキーは自粛だったけど)。

マニアの人に評判が悪いことは簡単に想像がつくが、僕は素人なので楽しいほうがいい。ニューイヤーはやっぱりこうでなくっちゃ。

「楽しい曲を楽しく演奏するのはとても難しいことなんです」というゲストの錦織さんのコメントに感銘を受ける。色々なジャンルに共通することだ。

12:42 AM [映画・テレビ] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

01/01/2005

ラムズフェルドはヒギンズ似

新年ということで、おめでたい「マイ・フェア・レディー」をやっている。

何度目かなので気軽にみてるんだけど、「改心」する前のヒギンズ教授ってラムズフェルド国務長官のキャラだとおもう。というか、ラムズフェルドがヒギンズキャラなんですな。晩餐会がおわった後で、「あんなに良くしてやったのに、なにが気に入らないんだ?」というあたり、いかにもというかんじだ。

05:26 PM [映画・テレビ] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

12/29/2004

ちょっと待ちなさい【NHK・津波ニュース】

19時のNHKニュース。津波関連に冒頭から16分をさいた。その冒頭から約14分間、扱ったのは日本人の被害のニュースだけ

ちょっと待ちなさい。4万人以上の被害が出てるって時にそれはないでしょうよ。そりゃ、無事に帰ってきた人がどうでもいいとは言わないけど、その前に伝えるべきことがあるだろう。ずいぶん内向きになって来たとは思っていたけど、これはちょっとあんまりではないかとおもう。

ついでだが、今やってるニュースは「紅白の曲順決定」。
スリランカ・タイ・インドネシア・モルジブ・インドおよびその他の地域の被災者のみなさん、あなた方はマツケン音合わせ以下の扱いですよ。

【追記】
その後、9時過ぎからNHKは津波関係特番で各国の被害状況を詳しく報道中。とはいえ、それがあるからニュースをやらなくていいことにはならないだろう。

07:24 PM [映画・テレビ] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

12/27/2004

M1

僕も南海キャンディーズのほうが面白いと思った。
松本、紳助の欠場が響いたかと。

01:22 PM [映画・テレビ] | 固定リンク | コメント (2) | トラックバック

12/21/2004

ハウル→ソフィーの謎

土曜日、あかねに付き合ってまた「ハウルの動く城」。今度は@渋谷。

に話題になっていた「なぜハウルはソフィーを愛するのか」の謎、少なくとも僕的には解決。

なぜかというと、少年時代のハウルがカルシファーと契約を結んだ所に(未来から時を越えてやってきた)ソフィーが立ち会っていたからである。このとき、ソフィーは「待ってて!未来で会うから!」と叫ぶ。ハウルとカルちゃんは識域下でそれを覚えていて、実現すべく行動したわけだ。
原因が結果の前にあって、因果的には完璧だな(w。

物語世界としては、やはり「運命の恋」という意味づけなのだと思う。トラウマ絡みだし(カルちゃんがハウルのトラウマなのは「(ハウルの心臓は)子どものときのままだから小さいんだ」というカルシファーの台詞からもわかる)。

ソフィーとハウルは運命的に結ばれているのだ。そして、物語はソフィーがそれを思い出す過程なわけだ。あるいは、ちょっと角度を変えて運命を後付けしていくプロセスだとも言えるかな。うん。

09:07 PM [映画・テレビ] | 固定リンク | コメント (1) | トラックバック

12/13/2004

「ハウルの動く城」

ようやく平日昼間に時間が空いて、見ることができた。梅田のちょっと外れのほうで見たおかげで、高校生もいなかった(w。

まず思ったのは、「ダイアナ・ウィン・ジョーンズってこういう人だったよなあ」ということ。原作にそった表現にすることで、宮崎作品としてはこれまでで一番よく整理されたものになった。最大の欠点だった中範囲のドラマの不在(すごい大きな世界観と、細かな生活の話しかない)が解消され、すっきりしたトラウマ解癒型の恋愛ファンタジーになったとおもう。もっとも、その分世界観とかを展開する余地は少なくなった。
最高傑作は「もののけ姫」だという意見は変わらないけど、僕はこの映画が結構気に入った。安心して人に進められるし、心の中にしっとりとしたものが残る。見終わって何時間かたつと、もう一回見たくなる。

もちろん、マニアックな要素は減っているので、寂しさを感じる人もいるかもしれない。たとえて言えば、好きなチームに有名監督と強力FWが来ちゃったようなものである。基本的な要素はそのままだし、連戦連勝は嬉しいけど、もう「僕だけのチーム」ではない。そこに少しの違和感があるのだ。
とはいえ、これも馴染むのは分かっている。懐かしの「フランス製甲鉄戦艦『凶悪』」にも出会えたことだし。

以下、映画そのものの内容に触れるのでたたむ。

ここ何作かを続けて宮崎作品を見ている人なら、すぐに基本構造が同じであることに気付くはずだ。それぞれに傷を抱えた少年と少女がいる。少年は傷と関係のある特異な力を持ち、少女は離人症気味だ。映画はそれらの問題がお互いの関係の中で解消されていく過程を描く。
今回少し違うのは、少年少女の年齢がやや上がっていることと、ウィン・ジョーンズ要素が導入されていること。それによって、ストーリーはちゃんとした恋愛ものになり、作品はすっきりと安定した。では、ウィン・ジョーンズ要素とは何か。

などと論じはじめる前にひとつだけ。実はダイアナ・ウィン・ジョーンズは、『私が幽霊だった時』しか読んでいない。6月の台風で飛行機がキャンセルになった日に読んだのだけど、それでおなか一杯になってしまったのだ。でも、大雑把なところは捉まえられる。

「幽霊」では、主人公はやや養育放棄気味に育てられた女の子だった。彼女は成長してから複雑でファンタジー的なトラブルに巻き込まれるが、それは幼少期のトラウマに関係している。で、過去に遡ってトラウマを解消してハッピーエンドになるわけだ。宮崎版「ハウル」でもソフィーはネグレクト気味に養育されているし、最後にはやはり時間を遡る。このあたりがウィン・ジョーンズ要素だとおもう。ハウルが思春期に飲み込んだまま抱えているものは、要するにトラウマなのだ(文庫化されないのに腹を立てて原作を読んでいないので詳しいことはいえないけど)。

これで思い出すのはフーコーの「レーモン・ルーセル」。成長期の体験が生み出す狂気が、プラスに働くこともあるという話である(難解だけど)。ウィン・ジョーンズがいうのは、人間はこういうものを飲み込む必要があり、それを解消して人生と和解していく必要があるのだということだ。
カルシファーを吐き出して、ハウルはこれからフツーのオッサンになっていくのだろうな、うん。

一方、この映画は女性視点で見ると完璧な恋愛映画である。あえてそこにメッセージを探せば「恋愛というのはそういうものだ」ということになるかもしれない。人は成長する過程で恋愛をし、人生と和解して普通の大人になっていく。
とはいえ、そこまでシニカルになることもあるまい。原作を使ったことで宮崎アニメがちゃんとした恋愛映画になったことを素直に楽しめばいいのだ。余計なことを考えると、気持ちのよさが消えてしまう。これはフツーの人生を描く映画なんだから。

それにしても、ドラマの方向性が確立されているのは偉大なことだと思う。宮崎駿はこれまで、そういうのを徹底的に無視してきた。彼のストーリーは細部が全体構造を決定していて、いわば気の向くままに進んでいくようなところがあった。結果として作品には強い作家性が現れたのだが、今回はそういう「危うさ」は消えて、すっきりとした話になっている。
それをどう感じるかは人によると思うが(僕は少し物足りなく感じた)、ドラマがドラマとして機能していることは確かだ。世界的に代表作として定着するのは、本作であるような気がする。

以上、とりあえず第一印象として。

【追記】:何人かのハウルお仲間(勝手に認定)の方々に、TB送ります。
まずは、ちさ様のところ。内容のまとめはこちらのほうが分かりやすいかと。

06:36 PM [映画・テレビ] | 固定リンク | コメント (4) | トラックバック

10/29/2004

東京事変

今、WOWOWで見たす。う、ちょっと面白いかも。
というか、僕はその前に流れてたドリカムのニューアルバムにやられ気味なんですが。

07:24 PM [映画・テレビ] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

09/21/2004

老化に関するNHKスペシャルを見た

日曜日に放送されたやつ。ビデオで。

聖路加病院の日野原理事長が登場する。僕は基本的にこの人のファンなのだが、やや奇妙なことが一つ。

日野原さんは92歳だが、まだ現役で活動している。これはいい。すばらしくめでたいことだ。
この偉業に加えて彼は、更なる長寿を達成すべく、厳しいカロリー制限を自らに課して活性酸素の発生を防いでいる。これもまたすばらしく良いことだ(実際、僕もカロリー制限を始めようかという気になったくらいだ)。

僕がやや奇妙に感じたのは、そこまでして彼がやっている活動の内容である。

いや、もちろん活動は色々あるのでたまたまそうだったのだとは思うのだが、この日の活動は「老い方と死の迎えかた」に関する講演が2本・・・。

え、えと、よくわからないのだが、これほど激しく死と老いを拒否している(ように見える)人が講演するテーマとしてはこれはちょっと不思議に映る。
あるいは、もし、「死と老い」について語ることを日野原さんがライフワークにしておられるのだとしたら、これは本当にブラックジョークの世界である。

「死という運命を受け容れる」ということと「当面は死なないようにする」ということが、彼の中では絶妙に処理されて一体のものになっているのだろうか。それとも、死と老いは彼の数ある医療トピックの一つに過ぎないのだろうか、これは興味ある問題だし、もっといえば現代人の人生のあり方にも関わってくることだ。そのうち何かで使うことになると思うので、とりあえずメモ(あんまりサッカーばっかりでもアレだし)。

04:15 PM [映画・テレビ] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

08/12/2004

今日の食事

昼食

  • そうめん
  • 豚の竜田揚げ、さやいんげんの炒め物・カボチャの炒め物・ちくわの炒め物

お弁当(竜田、さやいんげん、パックの金時豆、プチトマト)
夕食
  • 冷凍のモロヘイヤぎょうざ
  • 牛肉と青・赤ピーマンのオイスターソース炒め
  • カボチャのスープ
  • 枝豆

枝豆以来すべて義妹作。なかなかうまかった。

10:29 PM [映画・テレビ] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

07/20/2004

「トラック・列島3万キロ」:NHK

東京から昨日戻りました。
向うではバタバタしていたので、まとめて感想など。

「いや、オットコマエな番組やったなあ」というのが感想。
この時間帯にNHKが労働者ものをやるなんて何年ぶりだろう。ナレーションもですます調じゃなかったし、昔にもどったような、心意気を感じる企画だった。我々の生活がどのような犠牲のもとに成り立っているのかがよくわかった。

ちなみに、あかね&カズは「広域・宅配で物を買う」ことについてかなり反省したもよう。僕自身は、「この業界は自動化に向かうだろうし、時間をかけて移行することができるのなら、それが何よりではないか」という感想を持った。

しかし、何でもかんでも長距離トラックで運ぶ必要が本当にあるのだろうか。鉄道とか船とかもあるだろうに。

10:06 AM [映画・テレビ] | 固定リンク | コメント (1) | トラックバック

05/15/2004

冬ソナブーム

ようやく共感できる文章を発見。『ニューズウィーク』のコン・ソンヨクさんのコラムだ。

このドラマの人気は、韓国より日本のほうがずっと高い。韓国では陳腐な「10代向けのドラマ」と受け止められていた。「あんなのにハマるなんて、日本人て面白いのね」と僕の妻は言ったが、これが韓国人の平均的な感想だろう。
【ニューズウィーク:日本版、2004.5.19:17】

というわけで、コンさんご推奨の『殺人の追憶』でも見に行こうかと。

10:48 AM [映画・テレビ] | 固定リンク | コメント (6) | トラックバック

04/24/2004

BS「世界潮流」再放送

イラクのお話。かなりしっかり取材している。

実は、イラクの景気は急速に良くなっているらしい。輸入(衣料・電化製品・嗜好品・自動車など)も急速に伸びているとか。

治安の悪化とか、失業問題とかはもちろんあるわけだが、僕たちが普段見ているイメージとはだいぶん違うな。
無秩序な社会ではないんだな、と実感。
戦争状態が終わって、統治の問題が解決すれば、順調にまわる可能性はかなりあるのではないか。

04:21 PM [映画・テレビ] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

03/17/2004

ブラジルの日系人…

NHK-BSの「地球ウォーカー」。ブラジル特集。
ブラジルの若い日系人(3世、4世)の間で、アイデンティティ再評価の動きがあるらしい。
日系人の溜まり場を作ったり、クラブイベントしたりしてる様子が紹介されていた。で、ちょっと思ったこと。

1.この人たちの日本幻想(近い将来に僕たちはこれに出会うはず)につきあうのはとても大変そうだ
2.そんなふうに固まってしまって、ブラジル国内でまずいことは起こらないのだろうか
3.他の東洋系移民(中国人とか韓国人とか)との関係はどうなっているのだろう

12:45 PM [映画・テレビ] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

02/09/2004

ええ?

辺見えみりって、西郷輝彦の娘なの?

03:23 PM [映画・テレビ] | 固定リンク | コメント (2) | トラックバック

02/03/2004

生中継でスーパーボールを見ていたというのに

肝心のところを見損ねた!ハーフタイムはいいやと思って飯食ってたんだよう!
ま、試合は非常に面白かったんですけどね。
あと、河口さんちょっとぐちっぽかったかも。

11:03 PM [映画・テレビ] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

01/31/2004

これ、面白い。「ドキュメント・エルサレム(前)」

今、NHKで放送中。
エルサレムを舞台に歴史をたどってるんだけど、19‐20世紀にかけて、ユダヤ人(とアラブ人)が近代(民族)国家意識にめざめてゆき、それにともなって話がややこしくなっていく様子がよくわかる。

今のところ、近代ヘブライ語創設の話が一番興味深かった。
それにしても、このあたりでは1920年代からテロの応酬やってたのな。

09:37 PM [映画・テレビ] | 固定リンク | コメント (2) | トラックバック

01/30/2004

BBC会長が引責辞任

報道事件の調査委員会の報告で厳しく批判されたのをうけて。
リンク先の朝日新聞の記事をみると、この報告書にもいろいろとツッコミ所はあるらしい。が、そういうことは言わずに辞任するところにイギリス人らしい見識を感じる。
当事者がレフェリーにクレームをつけ始めると、制度そのものがおかしくなる。出た結論には従うという姿勢は尊い。
「小説家は批評家を批評してはならない」と言ったのは、村上春樹だっけ。

11:35 AM [映画・テレビ] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

01/22/2004

ホームワーク中

今日はウチで仕事&テレビ。
「ブラックホーク・ダウン」を、途中まで見ての感想。
「歩兵射撃は(自動小銃を使ったとしても)、近距離での照準射撃でない限り、意外と当たらない」。
ちなみに、本格的な地対空ミサイルがあったらもっとひどいことになっていただろう(一概にイラクとは比べられないけどさ)。
しかし、戦争ってうるさいのな。

10:35 AM [映画・テレビ] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

今日は旧正月らしい

BSでみたら、韓国KBSのキャスターが祝祭装束だった。
いつもわりとかわいい美人キャスターが、今日はかなりかわいい(無表情だけど)。

ちなみに、韓国は大寒波に大雪。全土で最高気温が氷点下だって(チェジュも雪だった)。

10:31 AM [映画・テレビ] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

01/13/2004

そっとしといてやれよ、おい

今日のニュースステーションの、「よど号グループの子女永住帰国」ニュース。
本当にひどいと思った。ああいう放送はすべきでない。

番組では、帰国した人の一人が自分の母親の行動について否定的なコメントを語ったところを延々と取り上げていた(その母親というのは、「北朝鮮で強制的に結婚させられ、日本人の拉致にも関わらせられた」とメディアにコメントしている人だ)。

ある人が不本意な形で結婚されられることは悲劇だし、その間に子供ができてしまうことや、その子を残しての離婚、子供が親に敵意を抱いて成人することなどもとても不幸なことだ。まして、それが対立する2国の間で政治的に利用されるに至っては人道上の問題ではないか。

なぜ、ニュースステーションはそうしたプロセスの一環としての記者会見を、そのまま放送してしまうのか。ドキュメンタリーとしてディープにコミットするならともかく、これではプロパガンダのお先棒担ぎ(それも日朝双方の)でしかない。

彼ら帰国者はこれから(一度も訪れたことのない)日本に順応するという、むちゃくちゃ難しいことをしないといけないのだ。落ち着いて、前後左右のことがわかるようになるまでコメントを求めるのは控える、というのがメディアのあるべき態度ではないかと思う。人間として歓迎する気があるのなら、それくらいのことはしても良いのではないか。

「北朝鮮は残りの子供を人質としてつかわずに、とっとと返しやがれ」という朝日新聞論説委員のコメントもひどかった。本人の意思なんか、全然問題にしてない。個人の運命を国際政治の道具として使うことに何の矛盾も感じていないとしか思えない。進歩派の名が泣くぞ。

11:59 PM [映画・テレビ] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

01/10/2004

3年4ヶ月ぶり!

「BSニュース50」のこぼれ話コーナーが復活してる!
9.11の翌週から消滅してたから、すごい久しぶりだ。長かったなあ。
とはいえ、イラクでの自衛隊テロでまた消滅しそうな予感もないじゃないけど。

11:28 AM [映画・テレビ] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

01/03/2004

意外な名作

NHK「鳥獣人物戯画の不思議ワールド」(ハイビジョンスペシャル、12月29日再放送)

中途半端に見ていて途中からビデオ。昨日ようやく全部見た。
国宝の「鳥獣人物戯画」の話しなのだけど、歴史的探究あり、若手作家のCGアレンジあり、高畑勲による映像解析あり、講談ありで(笑、非常に充実していた。見せ方が上手い印象。才能のある人が、たっぷりと予算を使って作った感じ。面白かった。

10:51 AM [映画・テレビ] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

01/02/2004

ウィーンフィル新春コンサートを見て

ダイ・ハード(2)を思い出したのは僕だけ?(だってベーム(←ムーティの誤り。わあん)が似てるんだもん。悪役の人に)
【付記】ニューイヤー=新春は、まあいいでしょう。酔ってたせいもあるけど、全体として眠かった。小沢はやっぱりすごいのだなあ、と改めて思う。

12:43 PM [映画・テレビ] | 固定リンク | コメント (2) | トラックバック

箱根駅伝

世界で唯一、日テレ方式が似合うスポーツイベント。
ていうか、日テレ方式の原点はここなのでは?

12:40 PM [映画・テレビ] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

12/24/2003

彼は人が殺せる

昨日の夜、ザッピングしながら「変わる自衛隊・現場からの報告」(NHKスペシャル)の再放送を見ていたら、阪神の和田豊コーチ似の人を発見した。
「和田さん」(もちろん仮名。本名は見損ねた)は、30代後半〜40代前半くらいの人で、陸上自衛隊の普通科の中隊長(鉄砲を持って走りまわる兵隊さん200人くらいの長)である。

ドキュメンタリーの中では、「和田さん」の部隊はテロ対策の検問の訓練をしていた。自衛隊はいままでこうした任務をやったことがないし、車を使った自爆テロの対策とかも考えておかないといけないので、大変である。